焦り

今年の夏以降、ほぼ900個の単語を新しく暗記した。今朝も最近覚えた単語120個を復習。初めての100%正解だった。
なのに…
今日は手仕事クラブのクリスマス会だったので、昨日から作ったアイスクリームをもって夫と車で出かけた。いつもラジオは「ラジオスオミポップ」をかける。ラジオの向こうから聞こえるフィンランド語に必死で耳を傾ける。
暗記のかいあってか聞き覚えのある単語はかなり増えていた。にも拘わらず、全く何を言っているのかわからない。単語の意味を思い出すのに時間がかかるからか、文章として全く組み立てることが出来ない。
そんな時に夫が私に、「これくらいの文はわかるだろう?」と言った。その言葉にムカッと来て思わず「嫌味な言い方しないで」と返してしまった。「今のラジオで言ってた文は、割と聞いたことのある単語だったから、最近頑張っている君ならわかるだろうから教えてもらおうと思って言っただけ。僕が嫌味を言うような人間だと思っているのか?」と夫。
そこからケンカになってしまって今も口をきいていない。
夫が嫌味を言うような人間ではないことは、重々承知している。なのに、夫がよく口にするその言葉に、なぜムッと来てしまうのだろうか。
この言葉にムッと来るようになり始めたのは、たぶん私が一念発起した後からだ。それまでは、もうこの年なんだから外国語習得は無理だと諦めていた。だから、わからなくて当たり前で、一つでもわかる単語が見つけ出せたらそれはとてもラッキーなことだと思えていた。
けれど一念発起した後は、私もしゃべれるようになるかもしれないという期待が芽生え始めていたのは確かだ。
毎朝、5時半に目が覚めてそれから朝ごはんまでの間、ベッドの中でiPadを片手にフラッシュカードで暗記をするのが日課になっている。500個ぐらいまでは自分でも不思議なほど割と簡単に頭に入っていったが、今は1日10個の暗記ペースがかなりしんどくなってきている。似たような発音の単語、似たような意味の動詞。それをこの古びた頭に必死で詰め込んでいっているのだ。
暗記したとはいえ、しばらく考えないと即座に出て来ない単語も多数あるし、今は「日本語⇒フィンランド語」の順序で覚えているので、すでに覚えた単語でもフィンランド語を聞いて日本語に訳せない単語もある。
でも私にとっては、今のこのやり方と、このペースがもうぎりぎりの限界で、これ以上のことはできそうにない。
今日の手仕事クラブの時も、相手の言うことがわからないことが多く、覚えたはずの単語を言おうとしても全然出てこなかった。
「まずは1000語覚えなさい」と言った人が「1000語覚えたら話せるようになる」と言ったわけではない。それは承知しているが、一度心の隅に芽生えてしまった期待と焦りで、押しつぶされそうになっていることを、今日のケンカで気づかされた。images-3
外国語習得に近道はないという。
私が今歩んでいる道を地道にコツコツと歩み続ければ、私の目指すゴールはあるのだろうか。それとも、そもそもこの道は間違っていて、どこまで進んでもゴールに出会えるわけはないのだろうか。
徳島にいる頃、阿波踊りのお囃子の「みさと笛」を習いに行ったことがある。その時にとても上手な人がいて、その人に「どれくらいやったら上手に吹けるようになるんですか?」と尋ねたら、「僕の場合は5年くらい経った時、あるときふと出来るようになった」と教えてくれた。確かに私も最近、なぜかある時、コンスタントにいい音が出せるようになった。
フィンランド語もあるときふと出来るようになるのだろうか…
夫は以前も今も、「しゃべれるようになるのも運命、しゃべれるようにならないのも運命」と大きく構えている。

そういえばフィンランド語の例文にこんなのがあった。
Kohtaloa ei voi  muuttaa. (運命は変えられない)